当事務所のスタッフが自身の思い入れのある建築や空間を語る新連載【建築の話をしよう!】。
第1回目は、設計部を引っ張るベテラン建築士Sさんです。若き日に体験した「建築への目覚め」と、その美学が現在の設計実務にどう活かされているのかについて語ってもらいました。
1. ポストモダンの意味も分からず、ただ模索していた学生時代
私の「設計士としての原点」を語る上で欠かせない一冊の雑誌があります。それが『新建築』1983年12月号です。
当時の建築界は、いわゆる「ポストモダン」の全盛期。海外ではマイケル・グレイヴス、国内では磯崎新氏らが脚光を浴び、大学の課題演習でも歴史的モチーフの引用や華やかな装飾を取り入れ、いかに奇抜な意匠や理屈(建築論)を展開するかが持てはやされていた時代でした。
当時の私はといえば、その「ポストモダン」の真意を理解しきれず、周りの熱狂から少し取り残されたような感覚で、ただ手探りで設計課題に取り組む日々を送っていました。
2. 製図室での出会い、そして現地で体感した「土門拳記念館」
そんなモヤモヤを抱えながら課題に向き合っていた時、大学の製図室でふと手に取ったのが『新建築』のその号です。そこに掲載されていたのが、谷口吉生氏の設計による「土門拳記念館」でした。
ページを開いた瞬間、ハッとしました。当時、意味も分からず流行を追おうとしていた私は、言葉や理屈じゃない、自分が一生をかけて目指すべき建築はこれだと、製図室で目が覚めるような思いがしたのを覚えています。
誌面を見た感動と「本物を体感したい」という衝動は抑えきれなくなり、私はすぐに山形県酒田市にある現地へと向かいました。
最初に圧倒されたのは、周囲の池や自然などの外部空間を巧みに取り込んだ「シークエンス(空間体験)の変化」でした。アプローチから館内へと歩みを進める中で視線が抜け、光と水面が表情を変え、空間が劇的に移り変わっていく。世間が派手な意匠と言葉の主張に湧いていた時代に、どこまでも静かで端正な空間の力そのものに惹きつけられました。


3. プロになって気づいたディテールの美学を、斎場設計へ
学生時代は空間のシークエンスに圧倒された私でしたが、プロとなり、実務や現場の厳しさを知ってから全国の谷口建築を訪れるたびに、さらに大きな驚きとなったのがその完璧すぎるディテールでした。
建築全体の端正なプロポーションから、内外の境界を曖昧にする開口部の納まり、素材同士の精緻な取り合いに至るまで、空間の純度を高めるためにすべてが研ぎ澄まされ、隙なく統制されていたのです。学生の時には気づけなかったその「寸分の狂いもない納まり」の裏にある圧倒的な技術と執念。自らの建築について過剰に語らずとも、図面とディテールを妥協なく研ぎ澄まし、空間そのものに雄弁に語らせる谷口吉生氏の美学に、私は改めて魅了されました。
私は、実務の中で「斎場(葬祭場)」の設計に何度か携わる機会を得ました。
斎場の設計において最も重要な肝となるのは「会葬者の感情の推移と、空間の関係性をいかに創り出すか」です。突然の別れに深く落胆するアプローチから、最期を告げる空間、そして静かに故人を偲び前を向く時間へ——。その心の移動に、建築がどう寄り添えるか。
そこで私を支えたのが、学生時代に体感した「外部空間を取り入れた緻密なシークエンスの変化」と、プロになって痛感した「空間全体を整え、成立させるディテールの美学」でした。
アプローチからホール、炉前、控室へと至るシークエンスの中で、外部の光や景観の抜けを巧みにコントロールし、会葬者の心情を包み込む。そして、建築を構成する部材同士の取り合いから内外の境界に至るまでを徹底して研ぎ澄ますことで、雑味のない「圧倒的な静寂と凛とした空気感」を生み出す。ノイズのない完璧なディテールがあって初めて、人は空間の中で心静かに感情と向き合うことができるのだと痛感しました。
4. 背中で語る建築を目指して
建築家は時に、プレゼンテーションやコンセプトを自らの言葉で巧みに説明することも求められます。しかし、谷口吉生氏が自らの建築について過度な講釈で語るのではなく「実物を体感してほしい」と背中で語り続けたように、最後に残るのは解説ではなく「空間そのもの」です。
何十年経っても、その場所に立つだけで人の心を静かに揺さぶり、無言の中で何かを深く語りかけてくる。土門拳記念館を訪れたあの記憶は、今も私の設計の根底で静かに、けれど熱く息づいています。
雄弁な言葉だけに頼るのではなく、プロポーションから細部の納まりに至るまで妥協せず、研ぎ澄まされた空間の純度と美しさで魅せる。これからもそんな「背中で語れる建築」を目指して向き合っていきたいと思っています。


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